この3日間は、能楽師 安田登さんも参加されます。 最初は比較的簡単な「黒猫のタンゴ」に挑戦。 その後は参加者の皆さんと相談して決めたいと考えています。イタリア語初心者の方でも全く問題ありません。3回セ ットでの受講をお勧めします。皆さまのご参加をお待ち申し上げます。
Quest'altro beano le lettere della sua cara donna, vergate con quella mano che egli ancor tocca non ha, non più le note di lei leggendovi che la voce e il volto e il cuore.
「ある人は、まだ触れたことのない手でしたためられた、いとしい貴婦人からの手紙に有頂天になります。彼がそこに読みとるのは、文字の羅列ではありません。彼女の声であり、顔であり、心です。」ピエトロ・ベンボ著・仲谷満寿美訳「アーゾロの談論」(ありな書房)
国立音楽大学楽理科卒、同大学音楽研究所修了、ミラノ音楽院とミラノ市立音楽院の古楽科で学ぶ。声楽を牧野正人、クラウディオ・カヴィーナらに、古楽理論をディエゴ・フラテッリらに師事。イタリアルネサンス音楽を中心に歌い、主宰する「南蛮ムジカ」で「南蛮ムジカのオルフェオ」や「フランチェスコ・ラージ全曲演奏シリーズ」、声楽アンサンブル「SESTETTO VOCALEセステット・ヴォカーレ」では「テーブル囲んでマドリーガーレ」「ルネサンスの居酒屋で」などのコンサートを行う。また、「ネーモー・コンチェルタートnemo concertato」と「ビスメロVis Melodica」を主宰し、古楽と様々な音楽を融合させた「ネオ・ラジカル古楽歌謡」を歌う。モンテヴェルディ「オルフェオ」(宮城聡演出)や「オルフェオの冥界下り」(安田登構成・演出)のオルフェオ役、「イナンナの冥界下り」(安田登構成・演出)のイナンナの声。「ジョングルール・ボン・ミュジシャン」「都市楽師プロジェクト」「インヴェンツィオInventio」「ツルチック」メンバー。「メアリー・スチュアート」(2015年パルコ劇場)音楽監督。「体感音楽史:ソルミゼーション」講座を各地で開催。聖心女子大学グリークラブ常任指揮者。
春の陽差しがやわらかく差し込むなか、イタリアの中世音楽や古楽を歌うマエストロ辻康介さんをお招きし、第1回「イタリア語 歌えばわかる その心 ─ 美しい言葉は歌でおぼえよう」を開催しました。
挑戦したのは、「黒猫のタンゴ」として知られる「黒猫が欲しかった (Volevo un gatto nero)」」。実はこんなタイトルだったのですね! その意外な歌詞の内容に驚きつつも、耳で聴き、声に出して繰り返し歌うことで楽しく学ぶことができました。
また、辻康介さんとご一緒いただいた安田登さんならでは〜豊かな知識とともに、イタリア語の特徴やナポリ語との違い、日本語との類似点、言語の変遷、イタリア語のアクセントについても、さまざまな視点から深まった講座となりました。文法の複雑さにはため息が出るほどでしたが、その奥深さに惹かれました。
こうして多面的に言語に触れながら、何よりも音から学ことの楽しさを実感できる、2時間では足りないほどの充実した時間となりました。
2回目のご参加となった皆さん、第1回目の“Volevo un gatto nero”(黒猫のタンゴ)と比べて、少し余裕をもって歌えたのではないでしょうか?
“Bella Ciao”は、イタリアのパルチザンたちの歌として知られていますが、もともとは20世紀初頭にイタリアの労働者や農民の間で広まった民謡にルーツがあると言われています。また、一説によると、この曲の原型は子どもの童謡に由来するという話もあるそうです。
労働の歌、抵抗の歌、そしてその前には子どもの歌…歴史の中で、この歌は少しずつ姿を変えながら、人々の心に寄り添ってきたのかもしれません。 懐かしさや、美しい故郷、または自由を想う気持ち、時代とともに、また歌い手とともに、変容していった背景を想像すると興味深いです。歌いながら、当時の時代を生きた人々にそっと寄り添ってみることで、同じメロディーでも、そこに込められる思いが変わり、音そのものも変わってくるのでしょうね。
イタリア語の細かな音の変化などを教えていただきながら、桜も舞う春のうららかな景色とともにそんなことも感じたひとときでした。
第3回目は「Sia laudato(シア・ラウダート)」というラウダ(Lauda)に挑戦しました。この「Sia laudato」は、アッシジの聖フランチェスコを讃えるために歌われていた聖歌の一つでありながら、聖者による宗教儀式で歌われていたというより、当時の人々の生活の中に根づいていた“信仰の歌”でもあったそうです。聖職者や修道士たちだけでなく、一般の信徒たちが町の広場や通りでこの歌を歌い、祈りの心を表していたと考えられているそうです。初期のラウダや教会の説教ではラテン語が使われていましたが、やがて人々にとってより身近で、理解しやすいイタリア語が用いられるようになり、ラウダは民衆の信仰と結びついた“生きた言葉と音楽”として広まっていきました。
今回は、そうした背景や、「コルトーナのラウダリオ(Laudario di Cortona)」に残された最古の楽譜についてのお話にも触れながら、遥か昔の時代に心を寄せるひとときとなりました。
これまで取り組んできた2曲とは趣が異なり、静かな響きを持っているぶん、繊細で、特に、口伝によって変化してきたと思われる音程のニュアンスはとても難しく、皆で試行錯誤しながらの挑戦となりました。そして最後は学んだ3曲を皆で歌ってみました!
前日にイタリアから帰国された辻さんが、現地での体験やエピソードを交えてお話くださり、学びと旅の香りに包まれた、心温まる豊かな時間となりました。
ご参加いただきました皆さまありがとうございました。
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