本のむこうは、森だ。

 

ブラジルにはordelという名のzineの原型のような本がある。市の屋台で売られていて、粗末な紙に印刷されていて廉価。ほんとうに学びたいという人の手にとどけられる本のスケルトンともいえる。もちろん、こうしたものはフランスにもドイツにもあったが、立派な本へと進化していって、過去のものになってしまっているのに、ブラジルには生き続けている。
「冊」という漢字は、象形文字では同じように、本の原型ともいえる短冊がはじまりで、いくつもになると紐でつなげていたという。奈良博物館の正倉院展で、木を削ったものに文字を書いた「冊」を見たことがある。一冊、二冊、と数える単位にも転用されるようになった。
こうしてみると、遠い過去には、国という枠におさまらないものが、あちこちに同時多発的に発祥してその土地の風土に育てられることになったようだ。

ヘンリー・ソローは、決して反知性主義者でなく、本も自然も分け隔てなく精読する人だった。だからこそ、その警句には日差しや風や雨が沁みていて、書斎に閉じこもったbookishさは感じられない。図書館に入って、遠い森のことを思い浮かべるような感受性は、ちょっと類がない。
「図書館とは、本でできた広大な原生林だ。」

あるのは、文庫本と全集。対極にある二つにしぼりこんだセレクション。「冊」は、これまでにはなかったまったく新しいパラダイムから生まれたブックギャラリーカフェだ。
文庫本は「糸宿房」に、全集は「冊集居」に、それぞれところを得ておさまっている。だから、乱雑さを毫も感じさせない。明窓浄几といってもいいくらいのミニマルさだ。

いったい、何が始まろうとしているのか?
本のむこうに、騒がしい知が埒をあっさりと超えてしまう地平がひろがっている。
本のむこうは、遠い森だ。


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